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2007年5月31日 (木)

我が師「塩田先生」番外編6

昨日の続き。先生のサラリーマン時代の話(先生も昔サラリーマンだった!)

大学院にいる頃、親族から「そろそろ正業について欲しい。」と言われた。恩師に相談したところ、その方がいいだろうと言われ、就職することにした。しかし、時期が悪かった。8月だったのである。半年間浪人したくなかったので、親族が経営している小松製作所に入社することになった。

そこでは、ルールブレイカーだった。IBMのコンピュータ(当時で、1億円を超える価格)の購入を、先生の一存で決めたそうである。稟議書という存在を知らなかったのである。上司がクレームを言ったら、「俺が評価して、これがいいと決めたのです。何が問題ですか」と返答。

また、出張する時は、出張費用は仮払いであった。それをおかしいと言い、机の上に金を積んで置いて、なくなったら金を積むのが合理的じゃないかと主張。(先生は出張先で多分金を使う必要があったのでしょう。)

ある日、会長から赤坂に来いと指示され、行ったところ、芸者さんが一杯。そこで、会長から、世界一のキャタビラーに対する戦略を問われた。慣れない芸者の前で、先生は、咄嗟にキャタビラー追随でばない独自の製品を出すという考えを説明した。気に入られ即やりなさいと言われた。(結局、実現しなかったそうであるが)

先生の上司はたまったものではない。ルールは無視するし、会長とネットワークをもっているしである。

そんな時、通産省から、NAS留学の話が舞い込んできた。通産省の窓口が、会長の息子さんで、先生のキャラ、能力、会社における実績を理解していたのである。先生にとって幸いなことに、NASAから、是非若い人をよこして欲しいと言われたのである。(従来は、大学の偉い先生が留学していたが、プライドのせいか、自分の考えを主張をし、学ぶ姿勢が不足と評価されていたのである)

会社は大賛成(ほっとしている?)ということで、先生はアメリカに向かい、大冒険が始まるのである。

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2007年5月30日 (水)

我が師「塩田先生」番外編5

昨日、久しぶりに先生に会いました。とても、元気で、相変わらずカリスマ性もあり、頼もしい限りです。

先生のクライアントに関する興味深い話(守秘義務に触れない程度)を聞きました。その中で、特に納得したのが、多くの大企業が抱えるマネジメントも問題です。仕事のレベルが落ちてきたというのです。

つまり、昔入社した新人は、普段のコミュニケーションから先輩の技を教えてもらったり、模倣したりして自分を成長させることができた。また、その力を試す機会もあり、失敗や成功を重ねて力をつけてきた。しかし、今は、まず上下のコミュニケーションがない。表面的なものはあるかも知れないが、真の対話はない。また、力を試す機会も減っている。その結果、いざという時、意思決定ができなかったり、行動できない人(トップも含む)が増えてしまった。日本の企業でも、勝ち組と言われる大企業は、現場に徹底したコミュニケーションが存在する。

全く、その通りだと思った。先生は本質を見抜いている。

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2007年5月29日 (火)

不祥事

今朝の読売新聞、部長級ら裏金5億円という見出し。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070529i101.htm

何故、このようなレベルの低い不祥事が起こるのか?考えてみた。

まず、人間”夢”や”目標”をもって、それに邁進していると、くだらないことをする時間はないはずである。反対解釈すると、仕事若しくはプライベートで、夢のない生活をすると堕落してしまうのだと思う。

また、人格・品位という点も見逃せない。年齢、肩書き、性などに惑わされず、周りの人間をリスペクトする謙虚さを持ち合わせたら、見得や不要な物欲から逃れることが出来たはずである。多分、新聞を賑わせた人たちは、うわべの肩書きや自意識に惑わされ、誤った道に向かったのであろう。

では、どうすれば、このような不祥事を防げるか? 会社の視点としては、夢のもてる職場にするしかないと思う。また、人格・品位の面では、まずリーダー(トップ)が存在していることが基本である。(そうでない会社は、ライブドアのような運命となる?) そして、昇格させる基準としては、360度評価のようなオープン・中立な仕組みをベースに、本質を見抜くことのできるリーダーが責任をもって選ぶのである。例えば、以前紹介したAKK(明るく・謙虚・感謝)を持ち合わせているかを見定める。これをサボると、私利私欲に満ちた部長さん達のたまり場となる。

この件に限らず、ペンタックス、不二家など信じられない事件・不祥事が目立つ。上記のような考えや打ち手により、賞賛される企業が増えることを期待したい。

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2007年5月28日 (月)

アクティブヨガ

今回は、通常と違い、プライベートな日記。

土曜日、家内とスポーツジムヘ。無料券があったので、それを使う。
そこで、アクティブヨガに参加。”アクティブ”、”ヨガ”、健康をイメージする心地よい言葉。家内は経験者だが、私は初めて。

始めて5分、ちょっと体が固いな。柔らくなりそうで、よしよし。
10分経過、汗が出始める。 床が濡れ始める。
15分経過、早く休憩にしてくれないかと思う。(休憩になったが、休憩はこれ1回)
30分経過、限界!汗の水たまりが出来る。(走ったときと違う汗)。汗で床が滑るので、一人で雑巾かけ。 (雑巾掛けをしたのは何年ぶりか)
35分経過、来たことに後悔。足が震える。
36分経過、早く終われ! 
37分経過、とにかく必死。頭は空白。
50分後、放心状態。ただ身体は軽い。

帰りに、デパートに寄り、ヨガのDVDを探しに行く。ハリウッドヨガなど色々あるが、3000円前後なので諦める。 そこで、思い出したのが電車内の広告。女性雑誌の付録で、ダイエットヨガのDVDがついているのだ。早速本屋へ。 すぐ女性雑誌発見。価格は550円! 特集タイトルは「魅せる体」 う~ん、ちょっと恥ずかしかったが、買う。(勇気ある行為だ!)

柔軟な体の上に、柔軟な頭が宿るを信じ、日々DVDを見ることになりそうだ。(ところで、2日連続筋肉痛。呼吸方法をマスターしていないせいだろうが、何かを成し遂げるには、痛みが伴うのかなとも思う)

駄文におつき合いして頂き、有り難うございました。

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我が師「塩田先生」番外編4

塩田先生は、経営コンサルを専門にしていますが、その副次的事業として教育事業も行っています。先生は、勉強会と言っています。

月1回、マーケティングとマネジメントの2つのコースを開催しており、午後3時の始まり、6時終了、その後パーティとなります。色々な業種の比較的若い人たちが、20~30名集まって、3時間先生の話を聞き、刺激を受けるのです。

そして、年に数回合宿研修もあります。私も、以前CI(コーポレート・アイデンティ戦略コース)というコースを受講しました。

2泊3日、場所は伊東のリゾートホテル(プールやゴルフ場付き、でも見るだけ)でした。化粧品会社、出版会社など業種の異なる人たちが、10名強集合。3つのチームに分け、ある計測機器メーカーのCIについて課題を検討し、戦略を提案することがテーマです。

最初に、先生から、その会社に関する事業紹介や問題点などの説明があり、その後、先生オリジナルのフォーマットが配られます。経営方針、要件、スケジュールなど戦略提案に必要なフレームが事前に書かれており、それを埋めると戦略計画になるように出来ています。

豊かな自然、美味しい料理、行き届いたホテルのサービス環境で、朝から夜(10時くらい)まで、集中して議論します。日常から離れた環境でこそ、集中でき、優れた提案ができるという先生の考えの反映です。

そして、最終日には、計測機器メーカーの社長が来ました。社長に向かって、正々堂々と「御社のここが、課題である!」「従い、この分野をこうしゃきゃいけない。」「その課題解決の具体化例は、こいである。」など生意気にも提案するのです。とても、真剣かつ実践的な研修です。

とても、ユニークで思い出に残り、企画力も高まった?と思っています。なお、その会社のCIは、現在でも以前と同じです(涙)。

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2007年5月25日 (金)

NHK技研公開

昨日、用賀からバスに乗り、NHK技研へ。バスの中は、NHK技研に向かうと思われるビジネスマンとお年寄りが一杯。平日のバスは、高齢者が多いのだと実感。

*NHK技研公開:http://www.nhk.or.jp/strl/open2007/index.html

街の風景を眺めると、ケーキ屋が多いなと感じる。世田谷は、ケーキを食べる人が多いのか、でも高齢者も多そうだな。これは矛盾するなと馬鹿なことを車中考える。

さて、到着。会場は、賑わっているが、老若男ばかり。ちょっと気分悪し。それはともかく、以下報告記。

1.IP放送が本格化?
アーカイブ・オンデマンドサービスをデモしていた。
NHKのアーカイブは50万本あるらしいが、どの程度がこのサービスに採用するかは未決定。サービス開始は、1年後と言っていたが、NHKがこの分野に参入することは、IP放送本格化に一歩先進することになろう。
デモは、5つのタイプがあった。PC向けの①IE ②WPF ③メディアセンターという3つのインターフェースと④アクトビラ ⑤NGN である。
①は、基本であるが、②WPFはリッチな表現が可能、③はリビングルーム向けという
特性がある。④は、1事業者として、NHKのアーカイブを採用しようという動きである。この動きは、他のBB放送事業者も追随する可能性が大である。
⑤は、唯一ハイビジョン映像をデモしていた。地デジが普及する現在、①から④のSDでは、ユーザーが映像品質の点で満足しないかも知れない。
そう考えると、IP放送が普及するには、端末性能(今のPCでは不充分)、NGNの普及、サービス提供側のPF整備の3点が鍵となる。とすると、IP放送の本格的普及は、2010年以降かと思う。
2.モバイル放送
IP放送より、モバイル放送の普及の方が早そうである。
①ワンセグ ②ストリーミング ③ダウンロードという3つのタイプがあると思うが、①ワンセグは周知の通りの人気である。
②は、携帯キャリアを中心に開発を進めてるはずで、今回はKDDIのストリーミングモデルをデモしていた。説明員を空きを待っていたが、結局質問できなかったので、どこのどのような技術かわからないが、携帯電話向けVODは魅力を感じる。
3.その他
例年同様、スーパーハイビジョンを訴求していた。確かに迫力ある
映像を再現。また、立体TVもデモもやっていた。(ディズニーの蛇を思い出し、蛇嫌いの私は、立体TVは関心なしという勝手な感想)
以上であるが、TVの未来が見えて、有益であった。

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2007年5月23日 (水)

Second Lifeのインパクト2

昨日のエントリーで宣言したので、下記メンバー発表によるセカンドライフの研究会の受講報告。

研究会主査 神成 淳司氏(デジタルコアメンバー、慶應義塾大学講師)
佐々木 博氏(NHK教育テレビ「趣味悠々」番組講師)
新 清士氏(ゲームジャーナリスト、立命館大学映像学部講師)

以下、骨子というか、気になった発言を報告。(発言順で脈絡がないが、許してネ)

・現在、スペインでは、セカンドライフ内で、政治闘争が起こっている。
 ロイターによると、リアルの闘争がそのまま持ち込まれドンパチが
 起こっている。

・セカンドライフは、10年前のモザイクと同じ。ほとんどの人は
 何が楽しいか、わからない。実は、何もないところから生み出す
 ことが楽しいのである。

・ライブコンサートがおもしろいが、最大40名程度しか
 会場に入ることができない。

・色々なツールが出てきている。服や髪などのファッション。
 音、そして翻訳機、バイクなど乗り物もある。

・土地は、レンタルか購入で手に入れる。
 メインランドは個人が購入。島は企業が購入する。

・ソニーのHomeとは、コンセプトが違う。Homeは、供給者が全て準備するが
 SLは、リンデンラボはPF提供で、ユーザーが全て自分で作る。

・今後、ポストSLが出てくる。(リンデンは、対抗としてオープンソース化する?)

・バーチャルコミュニティには、4つのタイプが存在。
 キラー(壊し屋)/達成者/探求者/コミュニケータ
 コミュニケータが一番人口が多く、SLにマッチする。

・これから、ルール(リアルマネートレード、性、カジノ、コピー等)の試行錯誤が続く。フランス革命のスキームが分かり易い。何不自由ない王・貴族と資本主義というルールを持ち込んだブルジョワジーの戦い。 リアルな支配者に対し、バーチャルな(リアルでは負け組?)層が革命を起こそうとする。

・リンデンは、グローバルサーバーを使っているため、国境がなくなってきた。

・日本は、このようなサイバーワールドをどうしていきたいのか?

以上。セカンドライフは、日本では脚光を浴びているが、本家アメリカはそうでもないようである。しかし、あちら側は、急速に進化しているのは疑いない。さあ、我々は、どうするか?(今のところ、ノーアイデア。スミマセン)

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反骨のすすめ

私が今の会社に入社した頃、パソコンの事業部長や支配人を歴任された渡辺和也氏の本「反骨のすすめ」を読んだ。

渡辺さんは、マイコン販売部長の時、TK-80やPC-8001を世に出した伝説の人である。支配人になった頃、秘書役に私ごときを抜擢し、私に企画の心得やビジネスマンの在り方を仕込んでくれた恩人でもある。

本書は、「既成概念からの脱却」と「反骨」をテーマに、社内ベンチャーのパソコン事業をどう生み、如何に育てかについて語っている。イノベーションを生み出すヒントが一杯である。その紹介は別途する(と思う)が、今回は、デファクト戦略について紹介したい。

1970年代は、良いものを安く提供すれば、事業は成功すると信じられた。その頃、インテルが8bitマイコンを出していた。NECは、その改良版のマイコンを出したが、売れなかった。何故ならば、顧客は、デファクトを望んでいたからである。デファクトなら技術資料や参考文献が多いからである。また、インテルのマイコンの手当がつかなかった時、セカンドソースを調達することができたからである。その経験した渡辺さんは、PC-8001のベーシックの自社開発を止め、ビル・ゲーツの依頼したのである。何故ならば、デファクトの重要性について二人とも理解していたからであった。(アルカバーキーにある総勢12名のマイクロソフトオフィスで会談したそうである。)

→デファクトを競い合った末、水平分業というビジネスモデルが出現したのだと思う。

問題は、ここから。では、NECは何故デファクトを取れなかったのか?

渡辺さんの解釈は、PC-9800のクローズドポリシーの問題だという。IBMPCがオープンポリシーでデファクト獲得に邁進したが、98は、国内市場にしか目を向けず、自分たちの利益のためクローズポリシーを採用したためだという。エプソンが98互換パソコンを作りたいという申し出を断ったのは、その最たる例だという。

→”たらねば”の話をしても意味がないかも知れないが、パソコンに関する潮流は、オープンであったことは間違いないであろう。ここで、注目したのは、市場や時代の潮流を読む重要性、そして、それに事業を合致させる力である。(なお、98事業に関しては、渡辺さんは実権をもっていなかったので、エプソン事件の時は何もできなかったようである。)

今も求められる力である。

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2007年5月22日 (火)

Second Lifeのインパクト

昨日、日経デジタルコアの研究会に出席。テーマは「セカンドライフは新世界の夢を見るか?」。

その内容は、別途まとめて、別の機会に発表しようと思っているが、ひとつ考えさせられることがあった。

日経デジタルコアの主催者である坪井氏によると、セカンドライフは、フランス革命のスキームであるという。何不自由のない王・貴族が新しいルールをもったブルジョアが革命を仕掛けたのがフランス革命である。同様に、リアルの裕福な階層に対し、クリエィティブ重視・グローバル(国境を意識しない)等のルールをもった層(リアルでは負け組?)が、セカンドライフという武器をもって革命を起こすのではないかと予言しているのである。

この予言が正しいとすると、企業でも、リアルな会社運営・組織・文化などに対し、社内SNSのようなバーチャルコミュニティにより、新しいルール(参考例:拙稿「理想の会社?)を定着させて行く動きが、本格化するのではなかろうか。

これから、先進的な企業では、次々に内なる革命が出現し、新しい時代に対応した企業に生まれ変わると見込まれるが。。。

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2007年5月21日 (月)

Web2.0マーケティングフェア

先週金曜日の午後に、東京ビックサイトに行った。人人であった。入場券をもらうだけで、20分程度並んだ。ようやく、会場に入ると、人だらけ。。。

特に、目当ての「Web2.0マーケティングフェア」のゾーンは、小さなブースが一杯あり、検索エンジン、CRM、セカンドライフのガイドなど色々な提案があった。一昔前のパソコンの3rd Partyの熱気があった。(この分野はビジネスチャンスが一杯なのである)

そこで、注目したのが、”MATRIX CITY”。説明したシーフォートという会社(http://c-fort.co.jp/)によると、Web上で利用できる”ヴァーチャルシティポータルサイト”と言っている。分かり易くと言うと、ヤフー+セカンドライフなのである。

ちょっとカッコウイイCGで作成された都市があり、そこにはレストラン街、ショッピング街、ビジネス街などがある。どこに行っていいかわからないお客は、画面にディレクトリー(ショッピング、グルメ等)があり、そこをクリックすると目当ての場所に行けるのだ。決済は、Edyと言っていた。また、SNS機能の盛り込んでいた。(何でもありだ。セカンドライフとの違いは、素人は参加するのは困難なので、ディレクトリー機能を付加したそうだ。)

現在、参加する企業を募集しているとのこと。事業開始は、来年になりそう。

感心したのは、シーフォートという無名の会社(失礼)から、このような新しい提案があったことだ。Web2.0の世界は、これから大きく拡大する市場であることは疑いない。(で、我々は、どうするのか?悩むのである)

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社内SNS

昨年11月に、社内SNSに参加した。今日現在累計アクセス数が2万を越えていた。月平均3000強のアクセス数である。折角だから、詳細に過去の記録を見たら、1月をピークに、次第にアクセス数が低下している。4月は2400アクセスで、最低の記録である。今月は、現在のペースで行くと、4月を下回りそうである。

何故か?と思った。①内容に魅力がなくなってきている。②左記と重なるが、他者のエントリーが充実してきた。③自分のエントリー数が減った。(正確に把握していないが、最近投稿数が減っていると思う)④読者数が全体として減っている。(IDは増加しているので、そんなことはないと思うが) 多分①に一番問題があるのだろう。

また、コメント数は、約600、記事数は約200であった。一つの記事あたり3つのコメントが平均。これも多いのか、少ないのか。

自分の記事の社内におけるポジションを段々知りたくなってきた。そして、そこから、どう修正していけばいいかも知りたくなってきた。単に投稿を面白がる時期から、次の段階に来たようである。

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2007年5月17日 (木)

娘との昨日の会話

同じ屋根の下に住んでいながら、週一回程度しか会わない娘に昨日会った。ハシカで大学が休みになったので、家にいたようである。家内と娘がピアノについて会話した後に発言。

私:ママの血をひいて、音楽の才能があって良かったね。
娘:うん。
私:パパの血をひいて、運動能力もあって良かったね。
娘:うん。
私:じゃあ、頭は?
娘:頭もいいもん。勉強嫌いだけど。
私:(自分で、自分のことを頭がいいと言うことに驚きながら)じゃあ、そのいい頭を社会のために役立てね。
娘:あのね、毎週水曜日に講義に、どうやれば自分を高められるについて講義があるんだ。そこで、自己チェックがあって、自分の場合、「期待されている」「目的がある」という時に、頑張れるという結果。「社会のためになる」時に、頑張れる人は、1000人に3人しかいないの。
私:???
娘:私も、1000人のうちの997人なの。「社会のため」には興味がないんだ。
私:絶句(我が家の教育が間違ったことを再認識した。)

我が家の教育結果はともかく、「社会のために」興味がないのが若者の一般的風潮とすると、我が社にも、娘のようなタイプの若者がマジョリティということになる。これはこれで、考えなければいけないテーマである。

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2007年5月15日 (火)

我が師第二部を終えて

何の考えもなく、駄文を30回以上連載してしまった。ちょっと恥ずかしい。

世間を知らず、何か新しいことをしたい、社会にとって有益なことをしたいと思っていた私が、塩田先生と出会い、事業コンセプトとは? プロジェクトのコーディネートとは? 交渉の仕方とは? などを座学ではなく行動により学んだ貴重な経験であった。

おかげで、色々なタイプの人間が存在し、特に修羅場になったときの人間は、本質が現れることがよくわかった。また、事業を悪化させると、”ろくな事がない”ということも身にしみてわかった。(変に有名になるし、人間関係は悪化するし、事業撤退後は、腰痛に悩まされ、頭の冴えも最低の状態が、3ヶ月以上続いた)

しかしである。折角学び、成長したと思っていたが、今の自分を冷静に観察すると、本当に成長しているのかなと思ってしまう。特に、志、行動力、真摯に捉える姿勢が衰えたようである。これは本ブログを書いてわかったことなので、衰えを認識したことを前向きに捉えることにする。そう捉えた上で、どう変わり、成長していくかが、今後のテーマである。

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2007年5月14日 (月)

理想の会社?

ゴアテックスを開発した米ゴア社をご存じだろうか? 私は、ほとんど知らなかったのだが、失敗を祝う会社の理念 をもつ会社なのである。ルーシークラフトさんの記事から一部引用する。http://nvc.nikkeibp.co.jp/free/COLUMN/20070313/107852/

引用
その運営方法は、「ザ・ゴア・メソッド」と呼ばれ、フラットな組織を特徴とします。上司はいない、指揮系統もない、「話を通す」ルートもない。社員は先輩のアドバイスを受けながら、自身の能力に最も適したプロジェクトに参加する。リーダーは従業員たちが自主的に選べばよい。目指すのは、自由、協力、相乗効果。それらに満ちた環境を作り上げることが、ゴア社の目標なのです。

発想が行き詰ったり、いい実験結果が得られなかったり・・・。こうした人たちが軽蔑されることはありません。それどころか、失敗すると「お祝い」してもらえるのです。大きなパーテイーを開いて。

細かなことを指示したり、問題指摘するだけのリーダー、それに対し、陰で文句を言うだけの担当者、新しいことへのチャレンジを怠り、ベンチマークという言葉を隠れのみに模倣に努める企業などに是非、ゴア社について学んで欲しいものです。

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我が師「塩田先生」第二部その35

構想1年、実行1年のベンチャービジネスが終わってしまった。そこから、何を得ることが出来たのだろうか?

まず、コンセプトの重要性だ。幼児の知育外の育成という大きなコンセプトは、優れたものだと現在でも思う。ただ、もう少し、ブレークダウンしたコンセプト、例えば、母親の役割とは何か(太陽ママなのかクリエママなのか)が、明確でなかったため、とぶれてしまい、余計なエネルギーを使った。憲法の前文は書いたのだが、1条から98条まで書かないで、事業をスタートしてしまったのが、大きな反省点だ。

次に、ビジネスモデル修正力である。サービスの価格(3万円/月)、流通の役割など不安を抱えたビジネスモデルでスタートした。最初から、成功というのは現実的ではないので、間違ったと思ったら、修正すればいいのだが、それが出来なかった。

何故ならば、マネジメント体制が複雑で、前に進まなかったのである。K研究会のキディオという会社と我々のキディオフォーラムという2本立て体制。また、各会社の中でも、様々な価値観の人たちがいて、バラバラになってしまった。組織は、シンプルがいいのである。ベンチャーの体制というよりも、大企業の体制であったとも言える。

ともかく、塩田先生の発案、リーダーシップで始まったベンチャー事業は、スタートの段階の混乱を解決することなく、本当の勝負をしないうちに終わったのである。

以上で、第二部を終了する。第三部は、(いつ書くという保証はできないが、)本社の宣伝部に拾ってもらった私と先生の間で起こった”栄光と挫折”をテーマに書きたいと思っている。(ヒント:課長島耕作のような世界)

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2007年5月11日 (金)

我が師「塩田先生」第二部その34

新社長は、大学の先輩。しかも2年前に参加したプロジェクトのリーダーで、お世話になった方であった。

まず、S企画部長が、新社長の今後の事業方針について、二人で話し合った。庶民である私が聞いてはいけない内容であった。なるほど、偉い方々は、このような発想・思考をしているのだと感心したのを覚えている。(所属している幼児能力会社の社長とは、次元が違うなぁとも思った)

次に、本題。K研究会とのジョイントベンチャーに対する方針である。実は、新社長に肩を叩かれ、「仲西君、終わりにする。」と言われたシーン以外、覚えていない。その理由も、どうやって退室したのかも覚えていない。

後で、振り返れば、①事業の採算性が見えない ②新しさを演出するためには、前社長の事業を否定することが分かり易い、と言う理由が考えつくが。。。

とにかく、終わったのである。

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2007年5月10日 (木)

我が師「塩田先生」第二部その33

再浮上のため、社内外を走り回っていたら、ショッキングなニュース。幼児能力開発会社のスポンサーになってくれた社長が退陣したのだ。新社長が、どう考えるかによって、この事業の浮沈が決まる。幸い、新社長は、私の大学の先輩。以前から良く知っている人であった。

早速、義理の兄?であるS企画部長と相談し、会うようにアレンジする。そのやり取りが、オフィスに伝わったのであろう。私を見る社長一派の目が険しくなる。それは、そうだろう。自分たちを飛び越え、社長に会いに行く私は、完全に掟破りのアウトローに見えるのだろう。それに、彼らは朝から晩まで、オフィスにいて、新聞を読んだり、おしゃべりをして暇なので、おしゃべりの最大のテーマを与えたのだと思う。

そんな雰囲気の中、ある日、S企画部長と共に、社長室に入る。

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2007年5月 9日 (水)

インテリジェンスの貧困

池田信夫氏の「日本軍とインテリジェンス」を読み、持論に通じると思った。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/38d3c1e859e755387289af744167a3ae

100万人以上の日本兵が、戦闘によってではなく、バカな上司に殺されたのである。
この原因は、封建制とも軍国主義とも関係なく、山本七平が細密に描いたように、外側の世界と無関係に身内の力関係だけで「自転する」組織にあるのではないか。それを平和主義とか民主主義などの抽象的な理念で克服したつもりになったことが間違いで、実はそういう病気は、まだそっくり霞ヶ関に(そして企業にも)残っているのだ。

つまり、身内論理だけで、外の世界に目を向けない「インテリジェンスの貧困」が、「自転する組織」を作ってしまったのである。

よく大企業は、保守的だから、新しいものが出てこないという声をきくことがあるが、IBMのように現在でも革新していく企業があるので、企業規模と保守的は関係ないと思っていた。

インテリジェンスの貧困を避ければ、つまり多様かつ多くの情報に触れ、学ぶと、自然に何を今しなければ行けないかがわかるはずである。情報収集範囲が、社内しかない人は、状況が見えないため、狂気の方向に走ったり、又は何もしなくなるのは当然である。

インテリジェンス(情報・知識・知恵)の量・質とその活用が、多くの企業・団体で問われるのは、日本陸軍でも現在の企業でも変わりないだろう。

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2007年5月 8日 (火)

我が師「塩田先生」第二部その32

”上司達を追い出すこと”を決心したが、どうするかである。

ソフト開発のマネジャーグループと私のグループメンバーを足すと、会社全体の3/4になる。しかし、会社の意思決定を決める会議では、社長一派が3名、我々が2名で少数派である。さらに上位に位置づけられる取締役会のメンバーに働きかけるしかない。

そこで、心の上司Mさんと義兄?Sさんに状況報告と今後の進め方を相談。(二人とも非常勤取締役である)。その結果、「仲西の言い分は理解したが、親会社のM社長の意向を確認しなければならない。M社長がスポンサーのだから。その説明の準備をしなさい。」と言われた。

同時に、K研究会の支援を得ることも重要であった。定石通り、塩田先生を通し、相談することにした。

ある日、神保町の寿司屋で、先生とK研究会のK常務と会食。先生としては、まず両社の仲を修復することが重要と考えたのだ。お互い言い分はあったが、先生の前では、K常務も私も何も言えない。とにかく、手打ちとなった。また、再立ち上げプランを先生が準備することになった。

先生のプランがまとまった段階で、義兄弟?のSさんに会ってもらい、説明してもらった。Sさんは、先生の説明を聞き、新たな体制で事業を継続していくことに納得してくれたようである。

着々と、クーデターの準備が進んだ。

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2007年5月 7日 (月)

本日の悪夢

連休明け早々、脂汗。サーバーのアカウントのパスワードを忘れ、パソコンを利用することが出来なくなってしまったのである。つまり、メールもブラウジングもパワポも何もかもできないという状況になってしまった。

連休前に、パスワード変更の時期がもうすぐですというメッセージが出て、何気なく変更してしまった。9日間の休みで、仕事のことはオールクリア。全く思い出すことができなかった。仕方がなく、総務部門に相談しに行ったら、担当者が休暇中でわからないと言う返事。

同僚のパスワードで、サーバー内に入る努力をしたり、別のパソコンで、BIGLOBEのメール設定をして、自分宛のメールを読めるようにしたり、もう必死であった。(周りの方に大いに迷惑をかけました)

一方、総務の方(担当者の上司)が、一生懸命リカバリーに努めてくれたが、回復せず。結局、本日の午前中は、何の仕事もしなかった。

午後に、アウトソーシングしている会社の担当者に連絡し、その担当者がサーバーを操作(私のパソワードを消去し、新たなパスワードを設定するだけ)。わずか2分で問題は解決した。

ここで、思ったのは、仕事環境は大変便利になったが、自分ではコントロールできない危険な環境でもあるということ。人に快適な環境設定を委ねるのは、とても楽なことであるが、万が一の時は、自分では何もできない、ただ騒ぐだけの存在だということである。ちょっと情けないナ。

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2007年5月 6日 (日)

我が師「塩田先生」第二部その31

管理部長の”訪問販売”指示は、無視することにした。もう、社長を含め、上司達との関係修復は困難な状態になった。

一方、K研究会でも、業績が向上しないので、動揺が広がってきた。普段、私とつきあっている現場・若手は、何とか事業を強化しようと躍起なのだが、上の人たちの態度が見えないのである。朝から晩まで、暗い顔で席に座っているだけだと言う。

翌年の1月、コンピュータソフト教材の開発していたマネジャーが、「今まで、仲西さん達と社長・管理部長の対立を傍観してきたけど、仲西さんを応援することにした。ラジオコマーシャルじゃ、入会しないので、まだやっているし。このままだと、事業が崩壊してしまう。」

これで、決心した。上司達を追い出すことを。

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2007年5月 5日 (土)

我が師「塩田先生」第二部その30

12月のある日、課長昇格試験の択一試験も終わり、なかなか直らない咳をしながら、イベントに没頭していた頃、管理部長に呼ばれた。

「会員が増えてきた。もっと増やすために、会員のご自宅に行って、様子を伺ってきてくれ。そして、その会員の友達が会員になるように働きかけてくれ。」

訪問販売をせい!という指示である。マーケティングコンセプトに外れるのだが、管理部長の狙いは、現場から私を遠ざけることであった。

その日、気分が悪いので気分転換を含め、止まらない咳を診断してもらうため、医者に行った。診断結果、肺に陰があると言われた。そう、”肺炎”なのだ。但し、もう、回復期に入っていると言われた。ベンチャーは、肺炎を忘れさせるのだ。

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2007年5月 3日 (木)

我が師「塩田先生」第二部その28

課長昇格試験の準備は、大変だった。本社社員は、受験エリートの集団であったので、経理・マーケティング・企業戦略の択一試験は、平均点が100点近いそうだ。他に、論文試験、面接試験があるが、まずは択一試験の傾向と対策を熟知することであった。仲間と勉強会・ある部門が主催する模擬試験の受講などに時間が取られるようになった。

広告・プロモーションのコンペで、以前と同じ会社が勝ち取り、今後こそ事業を立ち上げるつもりだったのだが、ある日勉強会から帰ると、部下達の様子がちょっと変なのである。

管理部長が、某ラジオ局の自主提案を承認し、そこに顧客獲得を委ねたというのである。簡単に言うと、ラジオコマーシャルでキャンペーンをすることになったのである。新聞広告や雑誌広告で効果がないとわかり、実際見て触れなければ入会してくれないからイベント中心で行こうと共通認識していたはずなのに。。。

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2007年5月 2日 (水)

我が師「塩田先生」第二部その27

10月再開を目指し、マーケティング戦略を再構築することにした。高額なサービスで、認知されていないので、直接見たり、経験しないと入会してくれないと認識した。従い、地域に密着したイベントを展開し、顧客勧誘をすることを方針にした。また、広告代理店と癒着していると言われたので、コンペにすることにした。

そんな時、本社から通知が来た。「課長昇格試験を受けなさい」と。当時のエレクトニクス企業の課長昇格試験は、大変評判の悪いものであった。準備を含めると半年も仕事を離れる。仕事を離れ、勉強に集中しないと合格しないと言われた。平日最低5時間、休日は10時間の勉強時間が当然の世界であった。噂では、そのプレシャーに耐えられず、失踪したり、自殺したりする人が毎年何人か出てくると言う。

上司である管理部長に相談したところ、「君の人生にとって、とても大切なことだ。仕事を気にせず、勉強に集中したほうがいい。後は、きちんとやっておくから。」と言われた。思わず、何ていい上司と思った。(後で、トンデモナイとわかるが、初な私は見つけなかった)

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2007年5月 1日 (火)

我が師「塩田先生」第二部その26

先生との関係は修復とともに、K研究会の動きもよくわかるようになったが、それで連携が深まったというほど現実は甘くなかった。K研究会も一枚岩ではなく、色々な人たちが様々な活動をしていた。商品作りに没頭する人、QUDIOフォーラムにコンピュータソフト作りに励む人、どのような目的をもっているかわからないが遊びに来る人などである。

7月のスタートが上手く行かなかったせいか、私への陰口が増え始めたのが、この頃である。そもそも新聞広告・箱根イベントという施策がおかしい、それを企画した仲西は、広告代理店と癒着している、交際費をプライベートに使っているなどなどである。もっと、ひどかったのは、私への人格攻撃。これは堪える。K研究会の一部と上司達が、陰で言っているのである。

まあ、上司達の立場に立つと、突然仲西がベンチャービジネスの話を持ってきて、巻き込まれた。上手く行けば文句ないが、成果がでないではないか。俺達は、責任を追求される立場だと思っているに違いない。

私の立場は、何も知らないあなた達が、何故私の上司なのか。困っているのに陰口しか言わないのは、けしからんと思うのである。

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